どうして物書きは貧しいのか?

こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、なんですか、ライター業始めてからすっかり更新しなくなりまして、好き勝手に書くとなると違和感ありありですな。
さて、文章書いて金いただくようになってからよく思うこと。

何故、物書きは貧乏なのか?

よく「貧しくなくては優れた文章は生まれない」っつー言葉を目にしたり耳にします。
で、その根拠は何かというと、「人生の喜怒哀楽をよく知り、それを作品にできるからだ」なんてオチがつきます。んなことあるかよ。僕ぁ貧乏ですが「こ、これは今世紀最大の名文章だ!今世紀もあと85年あるからな、そういうことにしとこう」なんて思ったことねーですもん。
物書きが貧しいのは、もっと違う理由があります。

執筆を生業にしようと思い立ったとき、人は厳しい現実に直面します。ギャラが安いという現実に。
大体だな、会社勤めするのが嫌で、テメーが文章書くのが好き、得意っつー理由で思い立つわけだ。それがオメエ、原稿用紙一枚あたり80円なんて現実に直面したら「貧乏は嫌なのでやめときます」ってなるっつーの。
コネもなーんもない状況でライターの仕事探すと、Webライターくれーしかねーですからね。
なので、約半年そんなんばっかで、ある日定期依頼で原稿用紙一枚あたり500円~1000円が舞い込んできたときはガッツポーズしましたから。原稿用紙五枚で一本10,000円の打診があったときは「努力は報われる!」と涙が出そうになりました。ホントに。まあ、スケジュール調整できずに流れちゃいましたがね。あと、他のライターさんに持ってかれたこともありますが。ここらへん、作編曲の世界に似てますね。
こんなんで一喜一憂するっつーのは、安定した生活の人には無縁な世界だということです。現に、関東にいた頃なら絶対やってませんでした。生活の潰しがきかねー地方都市で「なんか生活費にあてるものはないか?」と思ったのがきっかけでしたから。

お金を貰って不特定多数に読まれる文章を書きたいと考える人は、やっぱ自分の名前も一緒に出したいもんです。
が、取材したり写真も撮ったりっつーもんじゃないと、名前出ねーです。ケッコー大変です。レイアウトの関係上、文字数もアバウトじゃなくぴったりに合わせねーといけねーですし。
で、ほとんどはどんなもん書いてるかっつーと、情報サイトのコラムであったり、何かの説明文です。そーです、あの「誰が書いてんのかねえ」っつー、どーでもええやつです。
これもまた、生活が安定している人には無縁なこってす。自己顕示欲すら満たされねーという。

では、なんで続けられるのかというと、それしか出来ねーからです。これに尽きます。
何かの副産物じゃない。メインが文章なんだから仕方がないじゃない。


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