短編:『人参じゃがいも野菜抜き』

【加筆・訂正なし。回想説明あり】

昼過ぎにテレビをつけると、陳腐な精神科医もののドラマを放映していた。

「タタレイミチコさん。今日はいかがされましたか?」
「先生、多々礼満子と書いて、タダレマンコって読むんです」
「なんだって?」
「タダレマンコです」
沈黙。
「で、なんだったかな?」
「私、夜になると、部屋のタオルが人に見えたり、横になると、天井を黒い蜘蛛のような、でも蜘蛛じゃない虫が蠢いて、はい回って、交尾をしているのが見えるんです」
「ほう」
「そして、枕から声が聞こえるんです。殺してやる、死ね、って。でも、我慢できるから、まだ私は大丈夫ですよね?精神科に行かなくてもいいですよね?」
「ミチコさん」
「マンコです」
「私は精神科医だよ」
「え!嘘ばっかり、この前だって、日陰干しした服の匂いが茄子の皇帝の仕業だって気付いて来たじゃないですか」
「だから…」

ヨシヲは耳鳴りがしてきてテレビを消した。

あれは小学校一年の頃だった。ヨシヲの故郷は漁師町で、漁期になると各家がボートより二回り大きい船を早朝海にだしていた。そして、日が高くなる頃戻ってきて、電動式の船揚げ機で船を岸壁の傾斜から引き上げる。
ヨシヲが船揚げ機の、ワイヤーが巻かれたドラムの上でCCBを歌っていると、遠くに友達が通りかかるのが見えた。ヨシヲは手を振った。「おーい」ついでに一回ジャンプした。
ヨシヲの足はドラムより二.五ミリ外に落ちた。ちょうどワイヤーが交差している箇所で、小学一年生の軽い体は容易く引っ張られ、叫び声を上げる頃には肉にワイヤーが食い込み、えぐれ、ドラムに巻き込まれていた。
ヨシヲの脚は四重に折れ、足の甲は肉がえぐれて骨が見えていた。周囲には、重油と磯と、そして非日常な、それも、焦げ付くような臭素が混合して、イカした匂いが充満した。救急車が到着するまで、ヨシヲは般若心経のようなものを唱えていた。泣きながら。
「ママァ、ママァ」
ヨシヲの脚は壊死しかけ、一度の切断ではおさまらず、二度切断しなければならない可能性もあったが、奇跡的に回復した。切断した脚を火葬する日取りまで決まっていたが。ただ、何ヶ月もベッドに寝たきりだったため、背中には大きな床ずれができていた。それ以来その町では、<子供を絶対船揚場には近づけてはいけない>というきまりが出来た。ヨシヲは町の行政に一石を投じたわけだ。
脚に致命的なけがを負いながら、中学になると陸上部に入部。地方の記録を塗り替えていった。特に長距離が得意だった。ママは喜んだ。そして、卒業文集に将来の夢を綴った。
「長距離ドライバーになりたい」
ママは泣いた。「アンタ、長距離ランナーでしょ」と。それでミソがついて、ヨシヲは走ることを辞めた。
ヨシヲは部屋に食べ物が何も無いことに気付くと、近所のカレー屋に行った。
「ポーク・カレー。人参じゃがいも野菜抜き」
「はいよ」
ヨシヲは単に野菜抜きと言えばいいものを、人参じゃがいも野菜抜きと言っていた。野菜が食えなかった。特に人参とじゃがいもが。他の野菜が抜かれていても、人参とじゃがいもは怨念のように混入していそうで、いつもそう言うことにしていた。
場末のラーメン屋のように、おばちゃんがカレーの中に指を突っ込みながら持ってきた。皿を置いたおばちゃんは、親指についた黄土色をしゃぶりながら厨房に戻っていった。黄土色は器から離れるとひどく汚らしいものに思えた。おばちゃんは総入れ歯で、入ればを外してしてもらうフェラチオは絶品だという噂だった。おばちゃんは黄土色を美味そうに舐めている。
肉をライスに寄せて一口入れると、肉とは違った感触だった。脳がエマージェンシーを発動するより0.三秒早く、ヨシヲは噛んだ。割った蛍光灯の粉を吸い込んだような、発熱した電池のような風味が口中に広がった。額に汗が滲み、吐き出すと、それはゴキブリだった。噛まれて首のあたりがえぐれていて、筋のようなもので辛うじて胴体と繋がっていた。胴体からは螺旋状の、肌色をした管のようなものが垂れていた。おばちゃんは、厨房からその光景を見て言った。
「あら、ごめんね。どこの店も入ってるのよ」

目眩を覚え、ヨシヲは街を歩いた。ただ、ただ、歩いた。そうすると、少し先に人が集まりだしていた。何かがあったようだ。嬉々とした会話が聞こえてきた。
「バイクと車だってよ」
交通事故のようだった。ヨシヲは急に気分が高揚し、早足になって、人が最も集まっている場所へ向かった。
人だかりをかき分けると、転倒したバイクから放り出された男が仰向けにうめいていた。一見外傷はなかったが、陰になっていた右腕の、肘から下が無かった。電柱の陰にもげた腕が転がっていた。血の匂いが伝わってきた。懐かしい匂いだった。接触した車に目を移すと、車内でドライバーがハンドルに腕をかけ突っ伏していた。泣いているようだった。そして、そこへライフルを持った中年の男が走ってきて喚いた。
間髪入れず警察と救急車が到着した。中年の男は喚き続けている。
「はねられた!俺は車にはねられた!」
救急隊が切断された若者の止血を行う。警官は車の、運転席ドアの窓からドライバーに呼びかけている。すぐさまパトカーがもう二台到着した。警官が五人増え、増えた分がライフルを持った中年の男を囲んだ。
「またお前か」
「はねられたのは俺なんだよ!」
「わかったわかった」
「三回もはねられたんだよう!怪我がなかったのが何よりだけどよう!」
「いいからおとなしくしろ」
男はライフルを掴んで、三回ジャンプした。叫びながら。
「はっ!ねっ!らっ!れっ!た!俺ははねられたぁ!」
「後は署で聞く」
そう言って警官の一人が男の腕をとると、それをふりほどき、発砲した。警官の顔は、内側から押し出されるようにして、しかし、打ち付けたようにえぐれ、完熟したトマトを床に落としたように、真っ赤になって倒れた。
みんな逃げまどった。ちょうど、バイクの若者が救急車に収容された時で、救急車も勢いよく発進した。老婆が手を振り上げ喚いている。振り上げた先にあったのは、腕だった。
「忘れ物お!忘れ物だよぅ!腕え!腕え!」
救急車は止まらなかった。
一台の車が通りがかる。
「なんだありゃ」
車内から刑事が物々しい現場を見て言った。眉毛に刺青を入れた男は答えた。
「イベントじゃないっすか」


<執筆から十年以上経過してみて>
当時、「とにかく文章を書きたい」という衝動に駆られていて、尚かつ「リアルな文章とは、視覚や聴覚よりも臭覚と触覚にうったえかけるものではないか?」と考えていた。そこで、悪意ではなく、真っ新な気持ちで不快を追求したらどうなるのか実践した結果が本作。
毎日、日本酒を最低五合は飲んで好き放題書いていた頃で、思いついて一時間ほどで書き上げた記憶ある。発端は親友である丹野徹に宛てた想いであり、原題は『餞別』だった。
他にもWeb上で公開していた小説はいくつもあるが、本作はあらゆる面で異色。

さて、正直、読み返してみて赤面ものなのだが、「お前が誇れるものは何か?」と問われると、一から十まで説明するよりも「これっすね」と差し出すのが一番だと思っている。
文章に限らず、過去を晒すってのは勇気いるんすから。はい。


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