「三つ子の魂百まで」の文章を活かすか殺すか?

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、僕ぁ文章を書き始めてから、2,000文字くれーの記事を一日四つアップしてた時期があります。
そんときの信条。

    • 書き捨て上等!
    • 文章が上手くなってたまるか!

なんでかっつーと、文章は書かなきゃ活きてこないっすから。

 文章にもテクニックがあります。
こりは色んなサイトやらブログでも紹介されとるでしょう。
が、テクニックは身につけられても、文章の巧拙ばかりは、いっくら書いても変わらんのです。
何故か?

「三つ子の魂百まで」だからです。

何を言いてえかっつーと、好き放題書かせると、文章ってそのしとが多感な時期に読んでた本の作家やライターさんの影響がモロに出るんです。
なので、僕ぁとにかく書いて書いて書きまくりました。
そーじゃねーと、いつまで経っても影響受けた作家さんの文体や言い回しっつー呪縛から解き放たれませんから。
あとね、同じ内容、同じ言葉でも、読ませる文章にできるか?無機質な文章になるか?っつーのは、常に書かないと。言葉の羅列を活かすも殺すも書き手次第です。
「生きる」じゃなく「活きる」。
つまり、読み手がどう評価しても、その文章がハトヤの魚のよーにびっくんびっくん脈打ちながら、びちびちとのたうち回るかは書き手の、俗に言う「筆がのっている」かどうかっすから。
たとえば、こりをタイプしとる後方で、カミさんが推理小説を読んで笑っとります。気味悪ぃです。
で、理由は、作者の文体がリリカルながらウィットに富んでいるからです。
推理小説とかって、すっげー見下すしとがいます。不朽の名作と語り継がれる作品が少ないジャンルの一つっつー認識があるからです。
でもね、人を笑わせることができるっつーのは、その文章が活きとる証拠です。
そういったもんは、「読者を惹きつける○点のポイント」とかいう理屈じゃ身につかんもんです。
書き手の持って生まれた資質と、前述の呪縛から解放されとるっつーこってす。

 因みに、なんでこんな説教じみたことを書いたかっつーと、テクニックを意識するあまり、なーんも伝わらず、しどいとアウトラインまでも破綻しちゃっとる文章をいくつも目にしてリライトしたからです。
こりは勉強になりましたね。
だって、ターゲットを限定してテーマに沿った文章ばっか書いてると、僕自身、言葉が死んでくのが実感できたんですから。
んなわけで、僕と同じよーに名も無き物書きは、勝手に書け!んでもって、俺も、勝手に書かせろ!


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